おーい、燐くん。

美結。俺、このまま抜け出してきちゃったけど問題なかったか？

うん。リンダは忙しいのと恥ずかしがり屋だって言っておいたから。

次からも今日みたいに別室で着替えて、そのまま帰ってもらっていいって燐くんに伝えておこうと思って。

そっか。わざわざサンキュ。

……今日は練習に出てくれて本当にありがとう。みんなに燐くんが男だって全然バレてなかったよ。

もしあの場でバレたら恥ずかしくて生きていけないな。

ふふっ。

……あのさ、本当に俺が予選に出て大丈夫なのかな？

それは、女装がバレないかってこと？

それは大前提。そうじゃなくてさ、俺より美結が出たほうが点数がいいかもしれないなって思って。

そんな。燐くんは何でもこなせるし私は怪我でいつもよりも動けないから比較にならないと思うけどなあ。

そうかな。

燐くん？

あの……。

まあ、そうだよな。俺がやるべきだよな。

ダンス、再構成するんだろ？　とりあえず俺はそれを完璧に覚えるよ。

うん……。ありがとう。

今日は私の代わりにリンダちゃんを入れて、通しで新しい振りをやってみます。予選はこのバージョンでいく予定です。

（燐くん、大丈夫かな）

昨日見てて思ったけど、リンダちゃんはすごく飲み込みが早いし、もちろん全員でフォローするから大丈夫だよ。

そうそう。動きも大きいし、綺麗だし見栄えもいいと思う。

うん。みんな、ありがとう。じゃあ始めようか！

…………。

……っ。

（でも燐くん、声はちょっと小さいな。たぶん男ってバレないか不安だからだと思うけど）

（後で口パクでもいいから、声出してるフリしてって言っておこう）

（さすが燐くん！　初めて合わせたようには思えない出来だよ）

リンダちゃんすごいね！　こっちも安心して踊れたよ。

うん、本当に初心者とは思えない。

あ、ありがとうございマス。

これなら予選も何とかなるかも！　必死に練習してきて良かった〜。

予選まであと一週間か。

そうだね。でも燐くんのおかげで希望が見えてみんな喜んでるよ。

違うだろ。俺のせいで美結が怪我しなければ良かったんだよ。

どうかしたの？　何だかあんまり元気ないみたい。ちょっと疲れさせちゃったかな？

いや……。部員のみんなもさ、すごく頑張ってるのが一緒に練習して身をもって理解できたよ。

うん。

えーと、だからさ。俺ももう少し練習しといたほうがいいかなと思うんだけど。

（燐くんが自分から練習しようって言うなんて……！）

自主練するなら、いつでも付き合うから言ってね！

こんな状態だけど、部員のみんなも燐くんのおかげで予選への緊張が和らいでるよ。

本当にありがとう。

…………そっか。俺にできることなんかあんまりないから、役に立ってるならいいけど。

ただでさえ天才の燐くんが自主練までしてくれるなんて、本当に心強いよ！

………まーな。

予選まであと３日か……。

でも燐くん、演技完璧だよ！　このまま行けば絶対大丈夫。

まあ、予選くらいは絶対に通過しなきゃいけないからな。

今日の夜の練習だけどさ。リンダの格好でやってみるよ。

当日はずっとあの格好してなきゃいけないんだしな。

う、うん。わかった。

（燐くん、すごく本気で頑張ろうとしてくれてるんだ）

（私もその頑張りに応えなきゃな）

何だか堂々としてて、本当に違和感ないね。

こんな格好するには堂々としてないと逆に辛いんだよ。

なるほど。それはそうかもね。

あのさ、こんな格好までして予選に出てくれるなんてすごく感謝してる。ちゃんと自主練までしてくれて……。

まあ、俺にも責任があるし。

それに毎日部員たちの必死な姿を見てると、俺も絶対にミスとかできないなと思ってさ。

（燐くん、少し前と印象違うな……。ちゃんとチアに打ち込んでくれてる感じがする）

助っ人なのに、チアに打ち込んでくれて嬉しいな。

打ち込んでる、か。そう言われれば今までで一番努力してる気もするな。

美結に会ってから、ホントいろんなことが変わっていってる気がする。

それって、いい変化なの？

たぶんな。戸惑うことも多いけど、今まで打ち込むものがなかったから成長するために必要って感じ。

本当は、燐くん自身が自主的に努力したいことが見つかると一番いいんだけどね。

……女装で俺がチアしてるのは置いといてさ。

うん？

俺はこうやってお前といるのは嫌じゃないし、今はチアの練習を努力したいって思ってるよ。

燐くん……。

ありがとう。そう言ってくれるとすごく嬉しい。

それにしても燐くん、綺麗だよね。部員のみんなとダンスしてても、すごく美人で目立ってるよ。

…………。

美結のほうが綺麗だろ。

え……！？

何しろ美結は内側からの輝きがあるからさ。見た目だけ良くても仕方ないよ。

（うっ。褒めてくれたのには変わりないけど、何だかそういう意味じゃないみたい）

俺は外面だけ気取って滑稽に見える。だから見た目で『美人』とか、『綺麗』とかしか言われてないんだよ。

そんなこと……。

でも見た目が綺麗なんてすごくいいじゃない！

それに私は、燐くんの内面も悪くないと思うよ。

悪くない、か。それって褒められてんのかわかんないけど。

でも内面をいいって言われるのは、見た目がいいって言われるよりも全然嬉しいかも。

今日はおかしいな。変なこと喋りすぎた。

じゃあ、時間ないから練習するぞ。

うん。音楽もセットするね。

客観的に見てて、俺の演技どう？

うーん。技術的には完璧だと思う。

なんか引っかかる言い方だな。

何ていうのかな。感覚的なところなんだけど……。

アドバイスがあるとしたら、もっと楽しそうに演技するといいんじゃないかなって思うんだけど。

……なるほどな。楽しいっていう感覚は考えたこともなかったな。

…………。

演技してて、やっぱり楽しくはない？

楽しい……か。いや、考えたことなかったからわかんないな。

……そっか。

でもさ、演技を見てる人を楽しませるためには……。

悪い。わかんないんだよ、本当に。

…………。

でもその美結が言う、ちょっとしたズレがすごく大事なことなんだろうな。

（やっぱりそこは変わってないんだ）

（仕方ないことかもしれないけど、ちょっと寂しいな）

そんな顔するなよ。どうしていいかわかんなくなる。

ごめん。じゃあ演技中は、作り笑顔でいいから、もっと不自然なくらい笑ってみたらいいかもしれないよ。

そっか……。うん。そうしてみるよ。まずは形から入るのも大事だしな。

そういえば、美結が自主練してるときよくイメージ通りにいかないって言ってたけどさ。

最近その意味がわかった気がするよ。

燐くん……。

………でも、頑張るからさ。

何でもできる俺がこんなに努力してるんだからさ、予選当日を楽しみにしておけよ。

——うん。楽しみにしてるね。