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ーうろこの家リビングー
なりゆきからハリヤー邸で始まったティータイムは、まだ続いていた。
燐
美結はどういう気持ちでチアの練習をしてるんだ？ なんか聞いてると結構大変そうじゃん。
不思議そうに話す燐くんに、私も不思議な気持ちになる。
美結
でも好きだから楽しいって思うし、苦しくても頑張れるっていうか。
燐
苦しいのに楽しい……か。やっぱり美結のことが羨ましいな。
美結
燐くんのほうが、他人から羨ましがられる要素とかいっぱいある気が……。
美結
（こんな豪華なお屋敷に住んで、見た目もすごくいいし、ファンみたいな取り巻きだっていっぱいいて……）
燐
俺はわりと何でもできちゃうからさ。
燐
何でもできると頑張る必要がなくなるんだよ。
美結
え……。
燐
だから、俺には美結みたいに特に何か打ち込んでやることが見つからない。
燐
嫌味に聞こえるかもしれないけど、頑張る必要がないのが悩み。 だから美結が羨ましかった。
美結
…………。
燐くんは、ぽかんとして何も言えない私を見て少し寂しげに笑ったように見えた。
燐
まあ、そういうこと。
その後も何を話すわけでもなく、お茶の時間は終わりを告げる。
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美結
お邪魔しました。お茶もご馳走様です。
執事さん
またいつでも来てくださいませ。
燐
ああ、そうだ。これ別にいらないから。
そう言って、燐くんは私が持ってきたネグリジェを返そうとする。
美結
え、でも……。傷まないように気をつけながら洗濯もしたんだけど……。
『いらない』という言葉があまりにショックだった。
燐
ああ……。いや、言い方が悪かったな。
燐
お前のために買ったやつだから、貰ってくれるほうが嬉しいんだわ。
美結
え……。
目線を合わせず、燐くん言った。
美結
……ありがとう。それじゃ、値が張りそうなので恐縮しちゃうけど、ありがたく頂きます。
燐
ああ。
執事さんが微笑ましい表情で見守る中、私は少しくすぐったい気持ちでネグリジェを受け取った。
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ー公園ー
だんだんと大会の予選も近づいてきて、公園で自主練習する時間も増えていた。
美結
あー、ダメだ。何度もやってるのに全然イメージ通りにジャンプできないや。
ダンスを止めて手に持っていたポンポンを眺めながら、もう何度目かわからないため息をつく。
焦る気持ちを抑えるために練習を重ねるけれど、上手くいかないせいで、逆に不安になっていた。
燐
何たそがれてんの？
美結
わあっ！
いきなり背後から現れた声の主に思いきり驚いてしまう。
美結
燐くん！ ど、どうしてこんなところに？
燐
まあ、話せば長くなるんだけど。
美結
う、うん。
微妙に疲れた表情の燐くんに違和感を感じながら相づちを打つ。
燐
女に追われて疲れててさ、誘われた飲み会に行ってもまた別の女に追われたり、男からはひがまれたりもするし。
燐
そもそも俺をメンバーに入れるのって、女を集めるのが目的のくせにさ。
美結
えっ、そう……なんだ。
燐
まあな。かといって俺も別にやることないし。
燐
で、そんなときに、そういえば美結が公園で自主練習してるとか言ってたから何となく来てみたんだけど。
燐
まさか本当にやってるとはな。
美結
うっ。ええ、まあ……。上達が遅いもので。
燐
ふーん。結構前から見てたけど、何度も同じパートばっかりやってるじゃん。
美結
ええっ、そんな前から見てたの？
思わず恥ずかしさで顔が赤くなる。
美結
（すごく格好悪いところ見られてたな）
燐
見てた。だから逆に俺が全部覚えちゃった。
美結
えっ？
燐
それ、ちょっと貸して。
燐くんは私が持っていたポンポンを勝手に取ると、少し広い場所に立つ。
そして、すっと姿勢を正した瞬間、周囲の空気が変わった。
私がさっきまで苦しんで踊っていたダンスパートを、燐くんはいとも簡単に綺麗な動きで再現する。
美結
すごい……。
ぱっとその場が明るくなって、どんどん燐くんの動きに引き込まれていく。
しかも見せ場である、高さのあるジャンプまで華麗にこなしてしまった。
燐
……ふぅ。まあ、こんなもんだろ。
美結
すごいすごい！ ひょっとして前にやったことあるの！？
興奮して拍手をしながら、踊り終えた燐くんに駆け寄る。
燐
いや、初めて。さっき美結の演技を見てて、こんな感じかなって。
美結
ウソ！？ 見よう見まねでここまで！？ し、信じられない……。
美結
すごい！ 才能あるじゃん！
しかし燐くんは、特に嬉しそうな表情を見せてはくれない。
燐
……お前の反応はいちいち面白いな。
燐
別にチアの才能があるわけじゃないよ。前にも言っただろ？
美結
あ……本当に何でもできちゃうんだ。
『何でもできるから、頑張る必要がないことが悩み』
前に燐くんがそう言っていたことを思い出す。
美結
（でも何だか、それって……）
燐
なんだよ、その顔は。
美結
あ、ううん。
微妙な表情になってしまっていたらしく、慌てて話題を変える。
美結
じゃあさ、今週の講義で出る小テストとかも余裕だったりする？
燐
そんなの満点取れるに決まってるだろ。
美結
へええ。勉強もできるんだ。
燐
あのなあ。授業聞いていれば当たり前だぞ。
燐
しかもあの授業、単位取りやすいって有名だし。
美結
うっ……。まあそれができればいいんだけど。
美結
……本当に燐くんってすごいね。
美結
でも見た目も良くてスポーツも勉強もできるのに、そんなにつまらなそうなんて、人生って難しいんだねえ。
燐
え……。
何気なく言ったその言葉に、燐くんは表情を変えた。
燐
俺って、そんなつまんなそうか？
美結
あ……。ご、ごめんなさい！ 気に障ったかな。
美結
前に、何でもできるのが悩みだって言ってたし……。
美結
実際さっきだって、あんなにすごい演技だったのに、全然嬉しそうじゃなかったから、つい……。
燐
全然嬉しそうじゃない……か。まあ確かにそうだな。だから、つまんなそうって話だよな。
燐
……そうだよな。お前からはそう見えるんだろうな。
悪いことを言ってしまったなと反省して下を向いていると、燐くんは複雑そうに笑った。
燐
……ふふっ。別に気にしてないからいいけど。
美結
……燐くん。
燐
でも美結といると新鮮だな。そんなことを言うのはお前くらいだ。
燐
言われても別にムカつかないし、むしろ落ち着いて素で話せる気がする。
急に穏やかな表情と口調で真っ直ぐにそう言われて、ドキっとしてしまう。
美結
え、それって……？
燐
ああ……。
燐
それは、やっぱりお前が女っぽくないからかな？
美結
………！！
思わず仏頂面になる私を見て、燐くんが吹き出して笑った。
︙
燐
あはは。ひでえ顔。
わかりやすく仏頂面になった私を見て燐くんが吹き出す。
美結
女っぽくなくて悪かったですね。
拗ねた子供のように頬を膨らませた私に、燐くんは優しく微笑んだ。
燐
あはは、うそうそ。だってさ、お前俺に興味ないだろ？
美結
え……？
燐
お前からはそういうさ、他の女みたいな下心を感じないからさ。
燐
だから、こうやって素で話せるんだろうな。
いつもような、棘のある感じのしない言葉。
美結
うん……。まあ確かに燐くんはイケメンだとは思うけど、だからといってお近づきになりたいって気持ちはないかなあ。
燐
……はっきり言うなぁ。
喜んでいるのか、悲しんでいるのか、どちらとも取れない表情をする燐くん。
燐
………………。
美結
あれ、何か怒ってる！？ だとしたら、ごめんなさい。
表情が読めない燐くんを見て、少し調子に乗りすぎたかと反省する。
燐
いや別に、怒ってないって。
美結
でも、何か無言だった。
燐
単に、俺って興味持たれてないなあって思っただけ。
美結
えっ？
燐
あと、それに……。
美結
それに？
燐
ああ、いや。何でもないよ。
燐くんは思わず口をついてしまいそうになった言葉を、慌てて止めたようだった。
燐
……つまんなそう、か。
燐
まあ、この俺の人生を「つまらない」と全否定した女はお前が初めてだってことはよく覚えておく。
美結
えーっ、そこまでは言ってないよ！？
燐くんは、にゅっと口元を緩ませる。
燐
……ああ、そうだったな。冗談だよ。
美結
………………。
燐
よし、じゃあそろそろ帰るわ。
燐
お前もチアだけじゃなくて、早く帰ってテストの勉強もしたほうがいいぞ。
美結
あ……。
燐くんは微笑みを見せながら、それだけ言ってポンポンを私に返す。
そして、そのまま公園を出ていってしまった。
美結
行っちゃった……。
美結
（そんな感じで笑顔を見せられたら、逆に何だか不安になるよ）
一人残された私は、何ともいえない気分のまま遠くに消えていく燐くんの背中を見送った。
いつもと雰囲気が違うその背中に、さっきまでの燐くんの言葉を思い返しながら。