……おはよう、明了。

あ……ああ、おはようございます、直。

……！　そうだ、少し待っていてください！

直。今朝、父からまたシュークリームを貰ったんです。

今度こそ、一緒に食べませんか。あと、他にも貰ったお菓子がいくつか……

…………明了、わたしのご機嫌を取ろうとしてるわね？

う……

……この前、傷付けてしまいましたし。それから姿を見なかったので……

大学に提出しなきゃいけないものがあったから、そっちの用事を済ませていただけよ。

別に怒ったから、ここに来なかったわけじゃないわ。

そ、そうなんですか。

そうですよね、今までも毎日来られてたわけじゃありませんし、直にも用事はありますよね。

でも、『ここに来なかった理由』が『怒ってたから』じゃないってだけであって、わたし、怒ってることは怒ってるわよ。

うっ……

……怒ってる、けど……

でも、明了ってずるいわ。

……？　ずるい？

そんな顔されたら、怒れないじゃない。

（必死に、お菓子で仲直りしようとしたりして……）

（わたしだって、悪かったのに）

……わたしが、わがままだったんだもの。

きちんと対価を払うことだって、立派な、感謝を表す方法のひとつだわ。

でも、わたしが欲しいものは別にあったの。それが手に入らなかったから、明了に当たっただけなんだわ。

直……

……いえ、そんなことはありませんよ。あれは直からの贈り物だったのですから。

『贈り物』には、実際の物だけでなく、そこに込められた気持ちも含まれているはず。

それなのに、数字にできない直の気持ちをお金に換算しようとしたのですから……

あれはやはり、私が失礼だったのです。

なので、改めてお礼をさせてもらえませんか。

実は今、新しい精進料理メニューを作っているところだったんです。

…………！

（明了の作るお料理、滋味っていうのかしら、すごく味わい深くて美味しいのよね……！）

……わたし、もう、全然怒ってないわ。

あはは、それは良かった。

……また貴女が来てくれて、本当に嬉しいですよ、直。

さあ、どうぞあがってください。

うん……！

ふう……美味しかったわ。ありがとう、明了。

どういたしまして。

今日のものは、母が家庭菜園で作った野菜も使っているのです。

私もたまに手入れを手伝ったりしますが……育っていくのを見ると、植物も命なのだなと改めて実感しますね。

私達の日々の糧になってくれる命を、大事に味わってもらえたなら嬉しいです。

へえっ、そうだったの。じゃあしっかり気持ちをこめて、『ごちそうさま』をもう一度言っておくわ。

それに、今度お母様にお会いした時、お礼を言っておかないと。

…………

ん？　直……？

『お母さま』だなんて、もう結婚してるみたいね。うふふ。

……うふふと言われましても……

でも一応、ちゃんと遠慮はしてるのよ。まだ『お義母さま』じゃなくて『お母さま』のつもりで言ってるもの。

いや、耳だけで聞くと何がなにやらわかりません。

と、というよりですね……！　私、直が来てくれたら教えてもらおうと思っていたことがあるんです。

教えてもらおうと思ってたこと？

はい。ほら、パソコンを改良してもらったものの、使い方はまだ教わっていなかったでしょう。

一応、自分で色々やってはみたのですが……そちらも何がなにやらといった状況で。

そう？　じゃあ、今から教えるわね。

……でもわたし、話をはぐらかされたことはちゃんとわかってるわよ。

は……はっはっはっはっは。

うわあ……うわあ……

これ、どうなってるんですか。その機械で読み取るだけで、日誌の文字が入力されて……

ほら、前に明了の文字をサンプルでもらったでしょ？

それに最適化してるから、手書きの文字でも精度が高いの。他の人の字だと、正確に読み取りづらくなるわ。

明了、タイピングがあまり得意じゃないみたいだし。時間をかけて打つのは大変でしょ？

何か資料やチラシを作ったりする時、一度手書きで書いてもらって読み取るといいんじゃないかしら。

あ……ありがとうございますぅ……

いやーハイテクですね……２１世紀ですね……

あはは、大げさなんだから。でも、これが役に立つなら嬉しいわ。

それはもちろんです！　本当に大助かりですよ……！

で、では、次はこっちのページを……。

書いた時眠くて文字がへにょへにょになっている部分があるんですが、読み取れるでしょうか。

（ふふ……）

お客さんみたいですね。ちょっと応対してきます。

はい、何か御用でしょう……

か……

久しぶりね、明了くん。

…………

卯月さん……

ごめんなさいね、連絡もせずにいきなり来てしまって。すぐ近くに用事があったものだから。

い、いえ……

今のは嘘よ。

……はい？

だって連絡すると、明了くん、来なくていいって断りそうだもの。

…………

……とりあえず、どうぞ、お上がりください。

お茶、どうぞ。お菓子も召し上がってくださいね。

ありがとうございます。

ちょっと、明了。

あ、ああ、直。すみません、お茶を出してきてもらって。

そんなことはいいのよ。それより、あの人が『卯月さん』よね？

……そうです。

お見合いの話、断ったんでしょう？

ええ、それは確かに……

ですから多分、お見合いとは一切何の関係もない話をしにきたんじゃないでしょうか。

例えば、さっきそこで尻尾の白い犬を見かけたよーとか、そういう面白い話を！

…………

…………

（……明了って、素直なのよね。それでいて、真面目で……）

（でも……それならわたしは、全部正直に言ってくれた方がいいわ）

（実は卯月さんが前からずっと好きだったんだ、とか。貴女のことは恋愛対象として見られない、とか……）

……ねえ、明了。

貴方は聞き上手だし、悩みがあったら優しく慰めてくれる。

でも自分のことはいつも、冗談で誤魔化してばかりだわ。

（…………っ）

あっ、直……！

（何をやっているんでしょうか、私は……。この前も、同じように傷付けたというのに）

（…………？）

（何……だか、嫌な予感が……）

ねえ、明了くん？

……！　卯月さん……

ごめんなさい、もしかして今、都合が悪いかしら。それだったら、出直してくるんだけど――

卯月さん！　その……少し、待っていてもらっていいでしょうか。

え？　ええ、もちろんいいけど……

すみません、ありがとうございます！

（ああ、あの時迷わず追いかければよかったのに……）

……！　早瀬さん、すみません！

あら、和尚さん……

直を捜しているんです。どこかでお見かけになりませんでした？

直ちゃん？　直ちゃんなら、さっき向こうの方へ走っていったわよ。

あ……ありがとうございます！

や――

嫌っ、放して！